万能な生成AI
「生成AIで何でもできる!」という売り文句が巷に溢れて久しい。
実際,「〇〇を実行するコードを出力して」というたった一行の命令文を入力して数秒,長くても数分待つだけで,問題なく動作するプログラミングコードを入手できる。
このレベルの技術革新が無料で,一般の人間に享受できるというのだから,「何でもできる」という万能感はあながち間違いではない。
しかし,非常に高いレベルで動作する生成AIをもってしても,「何でもできる万能感」と「実際になんでもできる」の間にはいまだに高い壁があると感じる。
実際の体験談をもとに,説明したい。
知らないことは出来ない
理由の一つが,「知らないとそもそも手を出せない」ということだ。
つい最近まで,私はエクセルのマクロを触ったことが無かった。
何やらエクセルを自動化できる便利な機能らしいが,学生時代は周囲の誰も使っておらず,名前だけ聞いたことがあるような状態だった。
会社に入っても状況はほとんど変わらず,マクロというのは「誰かの作った便利なもの」という,他人事のような認識だった。
ある時,同じようなデータセットから同じようなグラフを大量に作るのに閉口し,先輩に愚痴ったところ,「マクロを組んでみたら?」と言われた。
恥ずかしい話だが,このような課題に対してマクロが解決策である,という発想すらその時の私にはなかったのだ。
エクセルへのマクロの導入の仕方から実際のコードまでを生成AIに作成してもらい,グラフ作成は一瞬で終了した。
今回は,生成AIがマクロ作成に非常に役に立った話だが,「マクロで解決する」発想が無ければそもそもAIへの命令までたどり着けないのである。

無意識のストッパー
マクロ同様,私はプログラミングをほとんど触らずに生きてきた。
理系選択で高校を卒業後工学部に入り大学院も出たはずだが,プログラミングを学んだのは大学の講義の数時間だけだ。
正直言ってあまり理解できず,「プログラミングは難解である」という思いがあった。
実際,ほんの数週間前までそもそもプログラミングコードをどうやって実行するのかすら分からなかった。
世間では「コードはAIに書かせれば早い!」という意見で持ち切りだが,「それはプログラミングができる人の話だろう」と,自分がそのブームに乗れるとは想定していなかった。
しかし,業務の都合上プログラミングに触れる必要があり,調べながら環境を構築する必要に迫られた。
そこで,生成AIにコードについて聞いてみた結果,あっさりと動作するコードが出力された。
自分はコードを1行も書けないのにも関わらず,だ。
「生成AIを使ったところで,プログラミングは自分にハードルが高いだろう」という思い込みがずっとあった。
このような無意識のストッパーは,他の分野でも数多く存在しているはずだ。「自分には無理だろう」という先入観が,実際に試してみる機会を奪っているのである。
広い基礎知識と対話の必要性
では,どうすれば単なる「万能感」が「実際になんでもできる」に変えられるのだろうか?
自分は,「広い分野における基礎知識」が極めて重要であると考える。
自分一人では結論や完成に至らないが,おおよそこのようなことをすればこうなる,という知識を持っていれば,ある課題が生じた時,これが適用できるのではないか?という発想に至ることができる。
そして,「この方法を用いてこれを解決する手段を考える」というのは,まさにAIの得意分野だ。
文章の最初で書いた,「〇〇を実行するコードを出力して」である。
「この方法」というのがプログラミングかマクロかその他の方式かを自分で判断し,実際に動作するものをAIに作ってもらうのだ。
例えば,データ分析の課題に直面した時,統計学の基礎知識があれば「回帰分析」「クラスタリング」といった手法名を知っているはずだ。すると「Pythonで回帰分析を実行するコードを書いて」という具体的な指示をAIに出すことができる。知識がなければ「データを分析したい」という曖昧な要求しかできず,AIも適切な回答を返しにくい。
また,このような道筋を作るのには,周囲の人間との対話が必要である。
例えば,自分のようにPythonの動かし方を覚えた人間は,なんでもかんでもPythonで実行しようとする。エクセルファイルの統合をPythonでやろうとして,大きく遠回りした経験がある。
しかし,普段から周囲の人間と対話していれば,「その機能ならPythonよりもマクロでやったほうがいいよ」という新たな知見をもらえる可能性がある。
知らないことを減らすことで,生成AIを使いこなす力を増やすのだ。
人間の役割は,「何をしたいか」を明確に定義し,「どのような手段が適切か」を判断することである。そして生成AIは,その手段を具体的に実装してくれる強力なパートナーなのだ。
まとめ
生成AIは確かに万能に近い能力を持っているが,それを活用するには人間側にも相応の準備が必要である。
具体的には,広い分野の基礎知識を身につけ,問題に対してどのようなアプローチが存在するかを知ること。そして,無意識のうちに作ってしまった「自分には無理」という思い込みを取り払うことだ。
さらに,周囲の人間との対話を通じて新しい知見を得続けることで,より適切な解決手段を選択できるようになる。
生成AIと人間の協働は,AIが実行力を担い,人間が方向性と判断を担うという役割分担で成り立っている。この関係性を理解し,自分の知識の幅を広げ続けることで,「万能感」を「実際の万能性」に近づけることができるのである。
技術の進歩は目覚ましいが,それを使いこなすのは結局のところ人間の知識と発想力なのだ。
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