Marathon Fusionが切り開く現代錬金術の新時代
本記事では、重水素-三重水素(D-T)核融合炉から発生する高エネルギー中性子を活用し、安価な水銀を金に変換するという、経済的かつ現実的な手法が提案されている。この過程は「スケーラブル・クリュソポイア(Scalable Chrysopoeia)」と呼ばれ、古代からの錬金術的夢を現代の核融合技術によって実現しようという試みである。特に重要なのは、このプロセスが単なる科学的好奇心を満たすものではなく、融合発電の経済性を大幅に改善し、現代社会における持続可能なエネルギー供給に新たな価値を加える可能性を有している点である。
背景と問題意識:融合エネルギーの経済的課題
核融合は、炭素排出のない次世代クリーンエネルギー源として期待されている。しかし、D-T融合炉の建設・運用には莫大なコストがかかるため、商業的な実用化には経済性の問題が立ちはだかっている。特に、発電による収益だけでは膨大な初期投資や運転コストを回収するのが困難であると考えられており、融合エネルギーが現実の電力市場で競争力を持つには、何らかの付加価値が必要とされている。
このような背景から、マラソンフージョン社はD-T融合炉の副産物である高エネルギー中性子を活用して、経済的価値の高い元素変換(トランスミューテーション)を行うというアイデアを提示している。この考え方は、融合炉の本来の目的である電力供給と両立しつつ、金などの高価な金属を副産物として得ることにより、プラントの経済性を飛躍的に向上させるものである。
科学的基盤:D-T融合と(n, 2n)反応
D-T融合反応とは、重水素(²H)と三重水素(³H)が反応し、ヘリウム(⁴He)と高エネルギー中性子(14.1MeV)を生成するプロセスである。この中性子は極めて高い運動エネルギーを持ち、通常の核反応では発生しないような核変換を誘起することが可能である。
本研究で焦点となるのが、(n, 2n)反応である。これは中性子が原子核に衝突し、代わりに2つの中性子を放出するという反応であり、非常に高エネルギーの中性子を必要とする。この反応はD-T融合中性子が唯一実用的に引き起こせる領域であり、熱中性子や中性子源ではほとんど観測されない。
この性質を活かし、著者らは水銀(Hg)の安定同位体198Hgに14MeV中性子を照射し、(n, 2n)反応を誘起して197Hgを生成する。この197Hgはベータ崩壊により**197Au(金)**に変換される。すなわち、融合中性子の力を借りて、水銀を金へと変換する現実的なルートが示されたのである。

実用化に向けたシステム構成案
提案された実用システムは、融合炉内に2層構造の「ブランケット(被覆層)」を配置する設計になっている。これは、融合炉における中性子の流れとエネルギー分布を考慮して、最適な元素変換と燃料サイクルを両立させるものである。
- 内側ブランケット(変換層):ここに198Hgを含んだ水銀が封入されており、D-T反応から発生した14MeV中性子を受けて197Hgへと変換され、最終的に金が生成される。この層は金生成の効率を最大化するよう最適化される。
- 外側ブランケット(燃料増殖層):リチウムや鉛などが用いられ、未反応の中性子を吸収してトリチウムを増殖させたり、残余エネルギーを吸収して熱として回収する役割を果たす。これにより、融合燃料サイクルの持続可能性とエネルギー回収の効率が両立される。
この2層システムにより、電力生産・金の生成・トリチウム増殖という3つの目的を1つの融合炉で同時に達成できるという利点がある。
経済的評価とスケーラビリティ
本研究の経済的インパクトは極めて大きいとされる。以下の要素により、融合炉の採算性が大幅に改善される可能性がある:
- 金という高価値の副産物:197Auは安定同位体であり、市場価値も極めて高い。融合炉1基あたりの年間金生産量は数百kg~数トンにも達する可能性があり、その収益は発電による利益を上回る可能性すらある。
- 原料である198Hgの入手性:自然界に存在する水銀の約10%が198Hgであり、分離・濃縮が可能であれば、比較的低コストで供給が可能である。
- スケーラビリティと適用性:本提案は、将来の大型融合炉に簡単に組み込める構造であり、既存の電力系統と干渉せず、付加的な収益を生み出す補助システムとして活用可能である。
技術的・工学的課題
もちろん、この革新的な提案にも多くの課題が存在する。
- 同位体分離の課題:198Hgを高純度で分離するための技術(遠心分離、レーザー分離など)の確立とコスト低減が必要である。
- 材料の耐性:水銀は腐食性があり、高温高放射線環境下で使用するには、耐食性・耐熱性・機械的安定性を兼ね備えた材料が必要である。また、リチウムとの共存も技術的に難しい。
- 放射線管理と安全性:金が得られるとはいえ、大量の水銀を高放射線環境下で使用することになるため、施設全体の安全性・放射線遮蔽設計・事故時対応が極めて重要となる。
- 規制と倫理的観点:人工的に金を大量生産する技術は、経済的・社会的にも大きな影響を及ぼし得るため、国際的な規制枠組みや倫理的議論も避けて通れない。
結論と展望
本研究は、D-T融合炉の副産物である高エネルギー中性子を利用し、198Hgを金へと変換することで、融合エネルギーの経済性を劇的に改善するという新しい発想を示している。この手法は、発電のみでは採算が合いにくい融合炉の収益性を補完する手段として極めて有望であり、融合技術の社会実装を大きく前進させる可能性がある。
さらに重要なのは、これは単なる理論的アイデアではなく、D-T中性子の物理的特性と既存の核反応データに基づいた、極めて現実的な提案である点である。もちろん、同位体分離技術、材料技術、安全性、法制度といった実用化に向けた課題は多いが、それらが解決された暁には、融合炉は「電力工場」であると同時に「金の製造工場」となる日が来るかもしれない。
このように、本研究は古代錬金術の夢を21世紀の核融合技術で現実化するものであり、持続可能な社会とエネルギー経済に対する新たな貢献の道を開くものである。
参考
https://www.marathonfusion.com/alchemy.pdf
https://www.marathonfusion.com/
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN22CSR0S5A720C2000000/
https://www.qst.go.jp/site/jt60/4930.html
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