はじめに:PFAS問題の深刻化
“PFAS”や”PFOS”といった単語を目にしたことがあるだろう。
パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質(PFAS)は、「永遠の化学物質」と呼ばれる有機フッ素化合物群である。
極めて安定した化学構造により自然界で分解されにくく、人体や環境に長期間蓄積される特性から、世界各国で規制が急速に強化されている。
とはいえ,日常生活でPFASについて意識することはほとんどない。
私も,化学メーカーに入社してその影響の大きさに驚いたくらいで,普段の生活で注意する点はほとんどない。しかし,産業界ではかなり大騒ぎになっている分野なのである。
本記事では、PFAS規制の最新動向と日本への影響について詳細に解説する。
PFAS規制の背景と健康リスク
PFASが問題となる理由
PFASが「永遠の化学物質」と呼ばれる理由は、その極めて強固な炭素-フッ素結合にある。
この結合により、PFASは自然界でほとんど分解されず、食物連鎖を通じて生物濃縮される。

主要な健康リスクには以下がある:
発がん性(特に腎臓がん、精巣がん)
肝機能障害
免疫システムの低下
妊娠・出産への悪影響
コレステロール値の上昇
内分泌撹乱作用
これらの健康リスクが科学的に明らかになるにつれ、世界各国で規制強化の動きが加速している。
特に規制が進んでいるのが,規制大好きで有名なEUだ。
エンジン車が2035年まで使用可能に制限が解放されたのは記憶に新しい。
世界のPFAS規制最新動向
欧州の包括的規制
欧州連合(EU)では、PFASを包括的に規制する動きが最も進んでいる。
2020年5月に5ヶ国(オランダ、スウェーデン、デンマーク、ドイツ、ノルウェー)から制限案作成のための情報提供が呼び掛けられ、2023年3月には制限案が提出されている。
この規制案では、事実上すべてのPFASを対象とした包括的な使用制限を目指しており、実現すれば世界で最も厳格なPFAS規制となる。
米国の規制動向
米国では州レベルでの規制が先行している。例えばコロラド州では,2026年から段階的にPFAS含有製品の販売禁止が開始される。
日本でのPFAS規制現状
化審法による規制
日本では化学物質審議会法(化審法)を中心とした規制が行われている。
現在、PFOS、PFOA、PFHxSの3物質が主要な規制対象で、2024年6月にはPFHxSが第一種特定化学物質の指定に係る審議がなされ、2025年以降に正式施行される予定である。
水道水質基準の強化
日本では水道水のPFAS濃度についても監視が強化されている。
2024年12月には水道におけるPFOS及びPFOAに関する調査結果が環境省から公表され、水質基準の見直しが継続的に検討されている。
日常生活への影響と危険性
身近な製品に含まれるPFAS
PFASは我々の日常生活の様々な製品に使用されている:
撥水・撥油加工された衣服や靴
調理器具のノンスティック加工
食品包装材料
消火泡
化粧品の一部
電子機器の部品
特に沖縄県や東京都の一部地域では、地下水や河川のPFAS汚染が深刻化しており、住民の血中PFAS濃度の上昇が確認されている。

大手企業の対応戦略
グローバル企業の先進的取り組み
世界的な大手企業は、PFAS規制に対して積極的な対応を進めている。
ファーストフード世界大手米マクドナルドは2025年までに全ての包装・容器からPFASを全廃すると発表し、アマゾンも自社ブランド「Amazon Kichen」の食品製品の包装・容器でPFASの使用を禁止した。
電子機器メーカーの対応
AppleやSamsungといった大手電子機器メーカーも、PFAS規制に対応した製品設計の見直しを進めている。
特にAppleは環境配慮型設計において、再生素材と再生可能素材を使用して製品を設計し、将来的に採掘への依存を終わらせることを目指している。
これらの企業は、PFAS代替材料の研究開発に積極的に投資しており、サプライチェーン全体での化学物質管理を強化している。
このサプライチェーン全体での管理強化というのが地獄で,Appleのような大きい会社が「うちはPFAS規制厳しくやります!」というと,そこに部品なり製品なりを納めている会社も当然それに従わざるを得ない。そのため,色々なメーカーが対応に追われることになるのだ。
3M社の訴訟と和解の影響
史上最大級の環境訴訟和解
2023年6月、米工業製品大手の3M社は、PFASによる飲料水汚染の責任を巡って多数の米自治体から訴えられた問題で、最大125億ドル(約1兆8000億円)を支払う和解案で暫定合意した。
この和解金は13年かけて支払われ、汚染除去や水質改善にあてられる。
とんでもない金額である,普通の会社ならこの訴訟で吹き飛んでしまう。1兆8000億円というと,大体楽天グループを買収できる金額だ。(2025年6月21日,楽天Gの時価総額は1兆7414億円程度)
また,ウェストバージニア州パーカーズバーグ近郊では、デュポン社の工場からのPFOA漏洩により、周辺住民の健康被害が発生し、大規模な集団訴訟に発展した。
ちなみにこの話は「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」という映画にもなっている。
製造業への直接的影響
PFAS規制は日本の製造業に深刻な影響をもたらしている。特に以下の分野で顕著である:
半導体産業:世界の半導体製造で使用されるドライエッチング装置用冷媒の世界シェア約80%を独占していた3M社が2025年末までにPFAS製造から撤退すると発表したことで、半導体製造業界全体に大きな衝撃を与えている。個人的に,これが一番気になっている。代替冷媒の開発は間に合うのか?
自動車産業:自動車部品の撥水・撥油コーティング、ガスケット、シール材などにPFASが広く使用されており、代替材料の開発が急務となっている。樹脂素材はフッ素が使用されることが極めて一般的なため,いわゆる高機能樹脂はほとんど影響を受けていると言ってよい。
まとめ
PFAS規制は、短期的には企業に大きな負担をもたらすが、長期的には持続可能な化学産業への転換を促進する重要な契機となる。対応がものすごく大変だが,健康を害する物質を放置することは出来ないだろう。
マクドナルドやアマゾンといったグローバル企業が率先してPFAS使用を廃止し、AppleやSamsungなどの電子機器メーカーが環境配慮型設計を推進していることは、産業界全体の方向性を示している。
日本企業も、この変化を機会として捉え、イノベーションを通じて競争優位性を確立することが求められている。
参考文献
https://www.env.go.jp/water/pfas.html
https://www.eurofins.co.jp/pfas%E5%88%86%E6%9E%90-pfospfoapfhxs%E7%AD%89/pfas-media/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AEpfas%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9/eu-pfas/
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN05COE0V00C23A6000000/
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