PFAS規制による有罪判決?イタリアで何が起きたのかを現役化学メーカー研究者が解説

Judge Chemistry

はじめに

2025年6月26日、イタリアでの裁判で,衝撃的な判決が下された。PFAS汚染事件で日本人3人を含む11人に禁固刑2〜17年6か月、賠償金約100億円という厳罰である。

イタリア PFAS汚染で化学品メーカーの日本人3人などに有罪判決 | NHK
【NHK】一部の物質が有害とされる有機フッ素化合物のPFASを流出させ、地下水を汚染させた罪などに問われた、当時の化学品メーカーの…

化学メーカー研究者の視点から、この判決の背景にあるPFASの危険性と企業責任について解説する。

PFASとは何か?


PFASについては,以前にこのブログでも触れた。

定義についておさらいしておく。
PFASとはペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物の総称で,大雑把に言ってしまえばC-F(炭素-フッ素)結合を持つ化合物である。
例えば,以下のような化合物が該当する,Fが生えたもじゃもじゃの物質がPFASだ。

Brase, R.A.; Mullin, E.J.; Spink, D.C. Legacy and Emerging Per and Polyfluoroalkyl Substances: Analytical Techniques, Environmental Fate, and Health Effects. Int. J. Mol. Sci. 2021, 22, 995.より引用

より厳密に言えば,PFASは-CF₃(トリフルオロメチル基)や-CF₂-(ジフルオロメチレン基)を有する化合物なので,下のような化合物は含まない。
「フッ素があればPFASだ危険!」というのは誤りである。

フルオロベンゼン,Fが生えているがPFAS非該当

PFASが「永遠の化学物質」と呼ばれる理由


PFASが「永遠の化学物質」と呼ばれるのは、C-F結合の極めて高い安定性にある。
この結合は自然界で数千年にわたって分解されず、環境中に半永続的に残留する。
その結果、以下のような深刻な問題が発生する:

生物濃縮:食物連鎖を通じて濃度が上昇
人体蓄積:体内に高濃度で蓄積
ホルモン撹乱:内分泌系への悪影響

特に問題となるのは、4700種類以上存在するPFASのうち、毒性の高いPFOSやPFOAである。
これらは撥水性、撥油性、耐熱性に優れているため、防水スプレー、フライパンのコーティング、消火剤など、私たちの身の回りの製品に長年使用されてきた。

特に毒性が高いとされるPFOSとPFOAは、人体への深刻な影響が報告されている。
動物実験では肝臓機能や体重減少への影響が確認され、人体ではコレステロール値の上昇、発がん性の可能性、免疫系への影響が指摘されている。
国際がん研究機関(IARC)はPFOAを「ヒトに対して発がん性がある」、PFOSを「発がん性がある可能性がある」に分類している。

「フッ素=危険」?よくある誤解

「歯磨き粉のフッ素は危険?」「テフロンのフライパンは発がん性がある?」—こうした疑問を持つ方は多い。
結論から言えば、これらは誤解である。
歯磨き粉に含まれるフッ素は無機系のフッ化物(フッ化ナトリウムなど)で、問題視されているPFASとは全く異なる物質だ。
また、テフロン(PTFE)自体に発がん性は確認されておらず、空焚きしない限り安全に使用できる。

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イタリアPFAS汚染事件:三菱商事関連会社に厳罰判決の衝撃

欧州最大級の環境汚染事件

2025年6月26日、イタリア北東部ベネト州ビチェンツァの地方裁判所で、PFAS汚染をめぐる画期的な判決が下された。
三菱商事の元関連会社「ミテニ社」による大規模な地下水・河川汚染事件で、日本人3人を含む計11人に拘禁刑2年8カ月から17年6カ月の有罪判決が言い渡されたのである。
この事件は、2013年にベネト州当局がミテニ社の化学工場(トリッシーノ市)をPFAS流出源と特定したことから始まった。
州当局の推計によると、州内3県の約35万人が汚染された水道水や地下水の影響を受け、住民の血中PFAS濃度が基準値を大幅に超えるケースが相次いだ。
「欧州最大級のPFAS地下水汚染」と呼ばれる環境災害の実態が明らかになったのである。

厳しい刑事責任の追及

今回の判決で特に注目されるのは、その厳しさである。
元ミテニ社取締役だった日本人2人に拘禁刑16年、三菱商事の社員だった日本人1人に拘禁刑11年という重刑が科された。
また、被告全員に対してイタリア環境省への約96億円の賠償も命じられ、三菱商事の企業責任も明確に認定された。
PFAS汚染による刑事責任を問う判決は欧州でも異例で、被害者や地元住民からは「画期的な判決」と評価されている。
市民団体や母親たちが中心となって長年PFAS汚染の健康リスクを訴え続けた結果として実現した判決であった。

三菱商事の関与と経営責任

三菱商事は1990年代からミテニ社に出資し、2009年に他企業に売却するまで約20年間、社員を派遣して経営に参加していた。
検察の起訴によると、ミテニ社はPFAS製造で生じた廃棄物を工場外に流出させ、汚染を隠蔽していたとされる。
三菱商事側は「経営参加前から汚染が始まっていた」「当時はPFASの危険性が科学的に確立されていなかった」として無罪を主張していたが、裁判所は企業としての責任を明確に認定した。
ミテニ社は2018年に破産し、工場は現在閉鎖されている。

日本への影響と課題

有罪判決を受けた日本人3人は公判に出廷しておらず、日本とイタリア間に犯罪人引き渡し条約が存在しないため、実際に収監される可能性は低いとされている。
しかし、この判決が日本国内のPFAS問題に与える影響は大きいだろう。
日本では企業による環境汚染の刑事責任追及が不十分との指摘があり、今回のイタリアの厳格な対応と対照的である。
米軍基地からのPFAS漏出問題でも、情報公開や責任追及が制限されている状況だ。
この事件は、PFAS汚染に対する国際的な関心の高まりと、日本の規制・責任追及体制の遅れを浮き彫りにした。
被害者救済や汚染防止のため、より厳格な基準設定と透明性のある対応が日本でも求められている。
環境犯罪に対する企業の刑事責任を明確化する重要な先例として、この判決は長く記憶されることだろう。

参考

有機フッ素化合物(PFAS)について
環境省のホームページです。環境省の政策、報道発表、審議会、所管法令、環境白書、各種手続などの情報を掲載しています。

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