加速器による半導体露光技術|EUV-FELが実現する次世代リソグラフィの革新

Wafer Chemistry

はじめに

半導体の微細化は現代のエレクトロニクス産業の根幹を支える技術である。
スマートフォン、コンピュータ、AIチップなど、あらゆる電子機器の高性能化は、より小さく、より多くのトランジスタを集積する技術の進歩によって実現されてきた。
現在、この微細化の最前線を担うのがEUVリソグラフィ技術である。
しかし、現行のEUV技術には多くの課題が存在する。
そこで注目されているのが、加速器を用いた次世代のEUV露光技術、特にEUV-FEL(自由電子レーザー)である。
加速器を用いたEUV露光とは何か。それは従来のEUV技術とどのように異なり、どのような優位性を持つのか。
本記事では、この革新的な技術について詳細に解説する。

Wafer laser

EUVリソグラフィ技術の現状と課題

13.5nmの超短波長による微細加工

EUVリソグラフィは、波長13.5ナノメートルという極めて短い紫外線を用いて、シリコンウエハー上に微細な回路パターンを転写する技術である。
光の波長が短いほど、より細かいパターンを形成できるという物理法則に基づき、従来のArF液浸露光(波長193nm)では困難であった7nm以下のプロセスノードを実現している。
EUV光は、すべての物質に強く吸収される性質を持つため、露光装置内は真空環境で運用される。
また、透過型のレンズは使用できず、モリブデンとシリコンの多層膜ミラーによる反射光学系を採用している。
1枚のミラーの反射率は約68%であり、露光装置全体で12枚のミラーを使用するため、最終的にウェハに到達するEUV光は入射光の約1%まで減衰してしまうという課題がある。

H. Mizoguchi et al.: Komatsu Technical Report 62, No.169, (2016)より引用

ASML社による技術独占

現在、EUV露光装置はオランダのASML社が世界で唯一商用システムを提供している完全独占市場である。
同社のEUV露光装置は、レーザー生成プラズマ(LPP:Laser Produced Plasma)方式を採用している。この方式では、真空チャンバー内でスズの液滴を毎秒5万個放出し、これに高出力CO2レーザーを2段階で照射し,そこから放出される13.5nmのEUV光を収集する仕組みである。

ASMLのロゴ,https://www.asml.com/enより

現行EUV技術の技術的課題

しかし、この独占的な技術には深刻な問題が複数存在する。
第一に、光源出力の限界である。現在のLPP方式では、最大でも250~600W程度の出力しか得られない。
半導体の更なる微細化に伴い、ストカスティック効果によるパターン欠陥を抑制するためには、より高い露光線量が必要となるが、現行の出力では限界がある。

同じW数でもこれだけ粒子数に差がある。まばらな露光になるのは避けられない。J. J. Biafore et al., Proc SPIE 7273 (2009) 727343.及びhttps://www.pasj.jp/web_publish/pasj2023/proceedings/PDF/THOA/THOA14_oral.pdfより引用

第二に、スズデブリによる光学系の汚染問題である。プラズマ生成時に飛散するスズの微粒子がミラー表面に付着し、反射率を低下させる。
これにより頻繁な清掃や部品交換が必要となり、装置の稼働率低下とメンテナンスコストの増大を招いている。
第三に、消費電力の問題である。1台のEUV露光装置は1MW以上の電力を消費する。これは一般家庭約1000軒分の消費電力に相当し、ファブ全体のエネルギーコストを押し上げる要因となっている。
第四に、メンテナンスの複雑さである。真空環境の維持、精密な光学系のアライメント、スズ供給システムの管理など、高度な技術と頻繁なメンテナンスが要求される。
装置の停止時間は生産性に直接影響するため、大きな課題となっている。

EUV-FEL技術の革新性

加速器による自由電子レーザーの原理

EUV-FEL(自由電子レーザー)は、加速器技術を用いた全く新しいアプローチである。
この技術の中核となるのは、エネルギー回収型線形加速器(ERL:Energy Recovery Linac)と自由電子レーザー(FEL:Free Electron Laser)の組み合わせである。
ERLでは、電子銃から放出された電子ビームを超伝導加速空洞で約800MeVまで加速する。
加速された高エネルギー電子ビームは、アンジュレーター(蛇行磁石列)と呼ばれる装置を通過する。
アンジュレーターは、N極とS極の磁石を交互に配列した構造を持ち、電子ビームをジグザグに蛇行させる。電子が蛇行運動をする際、シンクロトロン放射によって光を放出する。この光と電子ビームが相互作用することで、特定の波長の光が増幅される。

N. Nakamura et al., Proc. ERL2015, pp.4-9(2015).より引用


これがFELの原理である。波長は電子ビームのエネルギーとアンジュレーターの磁場強度を調整することで自由に選択できるため、13.5nmのEUV光や、さらに短い6.7nmの光も生成可能である。
最も革新的な点は、エネルギー回収システムである。FELで光を放出した後の電子ビームは、再び同じ加速空洞に戻される。
ただし、位相を180度ずらして入射することで、電子は減速され、そのエネルギーが加速空洞に戻される。
回収されたエネルギーは次の新しい電子ビームの加速に使用されるため、極めて高いエネルギー効率を実現できる。

圧倒的な出力向上

EUV-FEL技術の最大の利点は、その出力である。理論的には10kW以上の出力が可能とされており、これは現行のLPP方式の20倍以上に相当する。
この高出力により、以下のような利点が生まれる。
第一に、1台の光源で複数の露光装置を同時に駆動できる。10kWの出力があれば、10台の露光装置に各1kWずつ供給することが可能である。これにより、ファブ全体の設備投資効率が大幅に向上する。
第二に、高い露光線量によりストカスティック効果を抑制できる。EUVリソグラフィでは、光子数の統計的ゆらぎによるパターン欠陥が微細化の大きな障壁となっているが、十分な線量を確保することでこの問題を解決できる。

エネルギー効率の革新

エネルギー回収により、EUV-FELは驚異的な省エネルギー性能を実現する。1kWの出力あたりの消費電力は約0.7MWと試算されており、LPP方式の4.4MWと比較して約6分の1である。
10kWの出力でも総消費電力は約5MWに抑えられ、現行技術で同等の出力を得ようとした場合の10分の1以下となる。
この省エネルギー性は、単にランニングコストの削減だけでなく、カーボンニュートラルが求められる現代において、半導体産業の環境負荷低減にも大きく貢献する。

Beyond EUVへの拡張性

EUV-FELのもう一つの重要な優位性は、波長の可変性である。電子ビームのエネルギーを上げることで、より短い波長の光を生成できる。特に注目されているのが、波長6.7nmの「Beyond EUV(BEUV)」である。
波長が半分になれば、理論的には解像度も2倍向上する。これにより、1nm以下のプロセスノードも視野に入ってくる。LPP方式では新たな材料開発や光学系の全面的な刷新が必要となるが、FELでは加速器のパラメータ調整で対応可能である。

その他の技術的優位性

EUV-FELには、さらに多くの利点がある。
偏光制御が可能である点は、高NA(開口数)リソグラフィにおいて重要である。可変偏光アンジュレーターを用いることで、s偏光やp偏光を自在に切り替えられ、パターンに応じて最適な偏光状態を選択できる。
また、スペクトル幅が極めて狭い(FWHM ≈ 0.1%以下)ため、色収差が最小化され、高精度なパターン形成が可能となる。
デブリフリーである点も大きな利点である。電子ビームから直接光を生成するため、LPP方式のようなスズデブリの問題が存在しない。これにより、ミラーの寿命が大幅に延び、メンテナンス頻度とコストを削減できる。

日本における技術開発の重要性

高エネルギー加速器研究機構(KEK)はEUV-FELの最先端研究を行っており,この分野で世界をリードしている。
現在のEUV露光装置市場はASML社の完全独占であり、地政学的リスクが懸念されている。
そのため,日本独自の露光技術を持つことは、サプライチェーンの多様化と技術的自立性の確保につながる。
2025年4月、KEKの提案が内閣府の「経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)」に採択された。
これは、日本政府がEUV-FEL技術を国家戦略上重要な技術と認識していることを示している。2030年3月までの5年間で、集中的な研究開発が進められることになった。最終的には、2040年代での実用化を目指している。
この時期には、2nm以下のプロセスノードが主流になると予想されており、EUV-FELの高出力・高効率という特性が最大限に活かされると期待される。

https://www.kek.jp/wp-content/uploads/2025/05/pr202505231400euv-fel.pdf

まとめ

加速器を用いたEUV露光技術、特にEUV-FELは、半導体製造における次世代の基幹技術として大きな可能性を秘めている。
現行のLPP方式EUVが抱える出力不足、高消費電力、デブリ問題、高コストといった課題を、加速器技術の応用により根本的に解決できる可能性がある。
10kW超の高出力、消費電力6分の1の省エネルギー性、6.7nmへの波長拡張性など、EUV-FELの技術的優位性は明確である。
日本がこの分野で世界をリードできる位置にあることは、加速器技術の蓄積と政府の戦略的支援によるものである。
現在はまだ技術検証段階にあり、2030年代の実用化に向けて多くの課題が残されている。
しかし、KEKを中心とした研究開発体制、経済安全保障重要技術としての位置づけ、産業界との連携強化により、着実に実用化への道筋が描かれている。
EUV-FEL技術の成功は、単に半導体製造技術の革新にとどまらない。
それは日本の半導体産業復活の起爆剤となり、技術安全保障の確立に貢献し、さらには人類の計算能力の限界を押し広げることにつながる。
2030年代、この技術が実用化された時、半導体産業の風景は大きく変わっているかもしれない。その変革の中心に、日本の加速器技術があることを期待したい。

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参考

加速器を用いた「省電力次世代EUV露光技術」開発へ
高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、エネルギー回収型線形加速器(ERL)と自由電子レーザー(FEL)を組み合わせた「次世代EUV(極端紫外線)露光技術」の開発を始めた。既存のEUV光源に比べ消費電力を10分の1に低減でき、「beyond EUV」と呼ばれる短波長化も比較的容易だという。

https://www.pasj.jp/web_publish/pasj2023/proceedings/PDF/THOA/THOA14_oral.pdf

加速器研究施設
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